近道にそれはある!

今日はプロフィールがてら小学校の頃の思い出を通して

 

子育てという視点から感じていることを話していきます。

 

私の小学校の頃の楽しみは、学校帰りの道草でした。

 

今も自然豊かな土地ですが当時は今以上に緑が豊かで

 

学校帰りは道草をしながら小腹を満たすにはうってつけの木の実が豊富にありました。

 

桑の実、グミの実(私たちはシャゴミと呼んでいた)アケビの実、栗、くるみなどなど。

 

今だと安全面などで好ましくないかもしれませんが

下校ルートとは別の、友達間では近道と呼んでいた道にそれは豊富にあり

 

藪の中を子ども達が勝手に通るので

 

踏み固められていつの間にか獣道のようになっていました。

 

その道は今は住宅街になり、当時の面影がなくなってしまったので少し寂しいところです。

 

良い子はマネしないでください。。。。①

特に桑の実は、毎年沢山実をつける穴場の木があり

 

 川横の斜面を這って滑り落ちないようにしながら、完熟した実の汁で手が紫になるぐらい

 

その甘酸っぱい実を夢中になって採って食べました。

 

単に食い意地が張っていたとも言えますが、、。

 

良い子はマネしないでください。。。。②

たまに一人で学校から帰ってくる時もあって

 

高学年になると恥ずかしさや倫理観からやらなくなりましたが

 

小学4年生ぐらいまでは田んぼのあぜ道を帰ってくることもありました。

(田んぼの持ち主の方ごめんさない。優しく見守ってもらいありがとうございます)

 

いつものコンクリートとは違う凸凹した足の裏の感覚がとても心地よくて

 

土曜日(当時は土曜日も学校があった)は

かばんに忍ばせたおにぎりを食べながらあぜ道を帰ったものでした。

 

そのおにぎりが何故かとても美味しくて、一時期自分の中でブームになっていました。

 

焼きたてという贅沢

今はあまり見ませんが当時は秋になると

 

収穫した後の田んぼでもみ殻を野焼きしていくのが恒例の景色でした。

 

その時に、もみの中に残っている生米が焼かれてポン菓子が出来るのですが

 

これが焼きたてでとても美味しいのです。

 

一線上に黒く焼かれていくもみを追いかけて

 

小鳥のようにそれをついばんで食べていた記憶があります。

 

私の中の核のようなもの

除菌が当たり前になっている昨今からみると

 

衛生的な面でもあまり好ましくないのかもしれませんし

 

今思うと、危ないことも行儀の悪いことも沢山しました。

 

でもその当時の体験を思い出すと

 

小さな宝箱を開ける時のように、ワクワクする感覚が鮮明に胸に蘇ってきます。

 

小学生だった当時の私は

 

その学校帰りの小さな美味しい世界をとても楽しんでいました。

 

自然の中で沢山の恵みをいただき、自然の中で遊び育てられる

 

そして、できる範囲で自然と共存していきたいという

 

私の核のような在り方を創ってくれたように思います。

 

私と同じ経験はできないかもしれないけれど

 

自分の子どもにも自然と共にあり、遊び育ててもらい

 

命を循環できるような環境の中で

 

自身の体験を通して様々なことを感じ受け取って欲しいと思っています。

 

 

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